おじさんプログラマの子育てデスマーチ日誌

会社や家庭の問題を乗り越えていく記録。

阿部和重の小説『オーガ(ニ)ズム』の連載を雑誌『文學界』で読んでいる。

ぼきが読んでいるのでは阿部和重の『オーガ(ニ)ズム』と高橋源一郎の『ヒロヒト』。どちらも面白い。

『オーガ(ニ)ズム』はアクションという感じ、どんどん出来事が起きて映画みたい。情報量が多いので映画にはならないだろうと思う。映画にならない文章はもちろん小説にすべきであって文章であるべきで文章にあるべくして文章なのである。『ヒロヒト』も出来事が印象的に語られる。こちらはハイライトが断片的に語られる。情報量が適度に抑制されているので中年にはこちらが読みやすい。

阿部和重の『オーガ(ニ)ズム』は出来事がずっと語られていく。細かい。疲れる。いやだ、やめたい。しかし読んでいくと、阿部和重の芸というか技がある。実は幻覚を見せられていた登場人物と同じような経験ができるし文章なのにやはり世界があるように感じるし陰謀はあるし現代がそこに描かれているというか未来が描かれているというかリアルを感じつつもリアルじゃない描写だがそこに小説の面白さがある。作者の昔の小説とのつながりがあり、作者自身が登場し、陰謀があり、面白いお話。そしてやはり幻覚、陰謀などやはり読ませるのだよ阿部和重は。意外な展開もあるしね。全く阿部和重の『オーガ(ニ)ズム』についてうまくかけていないんだ。阿部和重の『オーガ(ニ)ズム』もボキは読んでいて疲れるし再読はしたくないから、良い小説じゃないと思っていた。しかし読んでいる。印象的な描写がたまにあり、意外な展開がある。それに出会うだけでいいんじゃないかな。登場人物とかよくわからなくなっているけど。外国人が日本語しゃべっていてずっと翻訳かと思っていたんだけど日本在住の登場人物だからな。

仕掛けって何だ?忘れた。おやおやちゃんとメモしておこうね今度は。現実と並行した世界だろうか。それともアメリカと日本の構図。あ、これかな。そこに物語で語ろうとする事実?何をしようとしている。日本国民の鼓舞?たしかに。フィクションをもって現実を変える?直接語れない事実がある。そこでフィクションのちから。幻覚のちから、語る力、作家の技術をもってボキは読まされている。ボキは芸を見たいと考えている。詳細なフィクションのディテールは適当に読むよ、それがフィクションを成立させるならそこにあってよい、でもボキは読み飛ばすよ、斜めに読むよ、たいしてその詳細に興味はないからね、現実でも詳細に興味はないよね、お話に興味があるの?だからざっくりした性格、というか仕事の仕方で、アホ扱いなんだよ、こんな文章、誰が読みたがるというんだよ

文學界2019年4月号

文學界2019年4月号

高橋源一郎の『ヒロヒト』はこちら。雑誌『新潮』で1ヶ月おきに連載ですね。隔月っていうのか。 www.shinchosha.co.jp